日本共産党いわき・双葉地区委員会ブログ

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広野町議・畑中ひろこの広野通信-元の生活を返せ・原発事故被害いわき訴訟の第一回裁判に参加

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 福島地裁いわき支部の隣には、八幡神社があります。境内に駐車場をお借りして、そこに車を置き、19日の午後12時半に、原告団や支援者など約80名が広場に集まりました。弁護団の広田次男弁護士と原告団長・伊東達也さんから、これから裁判所でどのようなことが行われるのか、弁護団と原告がどういう姿勢で第一回口頭弁論に望むのかなどの決意が述べられました。
 「第一回口頭弁論」は午後2時から始まることになっていて、原告団八幡神社から裁判所までデモ行進しました。1時前に裁判所の敷地内に全員が入り、傍聴席の券を手に入れるための整理券をもらうため、日差しの強い中、配布時間の1時10分まで待って、やっと整理券を手にしました。そしてさらに、1時25分まで待たされて、くじ引きが行われ、13枚の傍聴券をもらうことができました。規則正しい裁判所のやり方がよくわかりました。13人しか傍聴できないことにも少し驚き、この裁判所が大きくないというのも認識し直しました。
 「いわき市民訴訟」は一次の原告団が822名(336世帯)です。この日に意見陳述したのは、4人の原告です。小さいお子さんを持つお母さんがふたり、自然豊かな小名浜で生まれ育ち、そこで仕事をしていた男性、原告団長の伊東達也さんの4人です。弁護団からは、代理人意見陳述として2人の弁護士が、訴訟進行に関する意見陳述について1人の弁護士が陳述を行いました。
 2011年3月11日が出産予定日であったお母さんは、余震が続く中で赤ちゃんを産み、わずか2日の入院の後、避難を余儀なくされました。ガソリンもミルクもおむつもいわき市に入らなくなり、やむを得ず親戚の家に家族5人で行ったことや気を使いながらの避難生活のあとまたいわき市に戻ってきたことなどを述べ、子どもたちの健康が一番気がかりだと。
 もう一人のお母さんは、アレルギーを持つ子どもがいて、原発事故が起こる前は自然豊かないわき市で両親のつくった安全な無農薬野菜を食べ、安全で安心な暮らしがあったと述べました。そして、原発事故のためにその生活が不可能になり、夫の仕事の都合もあり、家族がばらばらになってしまったことを訴えました。
 小名浜の男性も、事故前の生活には戻れないのに、いわき市民への賠償がとても納得できるようなものではないこと、元の生活ができないということはお金では到底埋めることができないものであるが、国と東電の責任を明らかにしなければならないと述べました。
 代理人意見陳述をした渡辺淑彦弁護士は、5歳と3歳の子どものいる父親として陳述を行いました。子どもを車にのせ、東京に向かって避難しようとしたときの状況は想像できるだけに私たちの胸に迫る訴えになりました。
 いわき市民の原発事故に対する恐怖、そして東電の賠償姿勢に理不尽を感じている点など、広野町民の思いにも通じるものではないでしょうか。私は、これからも元の生活を返せ・原発事故いわき訴訟」と「避難者訴訟」をたたかう立場でかかわり続ける思いを強くしました。